商売繁盛、笹もってこい

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大阪天満宮ではと十日戎をやっています。
まだまだ知名度が低いので、宣伝します(笑)

上方落語の定席「天満天神繁昌亭」ができたのをきっかけになったらしいです。
2009年は大阪天満宮まで招福行列をやっていたみたいで北新地クイーンも参加していました。

ニュースはこちらでどうぞ
http://umeda.keizai.biz/headline/416/


わが社は招福行列をやっている通り沿いにあります。

「商売繁盛、笹もってこい!」
って聞こえてきたので、北新地クイーンに会いたい!と思って下に行こう思った途端

 

プルルル。

 

得意先からの電話です><
それもその人との電話は長い!!

案の定、電話が終わって下に行った時、北新地クイーンはいませんでした・・・

北新地クイーンは来年の楽しみにお預けです。

コメント(1)

Anonymous :

天満の十日戎、どんどん盛り上がってもらいたいです。

よその十日戎のはじまった経緯かいてみます。
今宮戎神社の十日戎の起源  十日戎の行事は江戸中期頃から盛んになり、延宝三年(1675)の 大阪の町の案内の図「葦分舟」には今宮戎の十日戎の図が描かれています。
西宮神社の十日戎の起源  西宮神社の十日えびすは、古来御狩神事(みかりしんじ)とか忌籠祭(いごもりさい)と言われていました。中世には市中の各家々も九日の夕方に門を閉じ、静寂を守っていたことが室町時代の重篇応仁記に記されています。
京都えびすは元々建仁寺の鎮守の寺内神社だったようです。維新の時、建仁寺の寺侍が神社を寺から譲り受け宮司となる。福笹を授けだした、最初の神社とも言われる。
堀川戎の十日戎の起源  江戸中期ごろより十日戎が盛んになり、 ミナミの今宮えびすとキタの堀川えびす が大阪の町の十日戎を代表するようになる。
大阪天満宮の十日戎の起源  戦後途絶えていた十日戎を、落語家でタレントの桂三枝の意向もあり復活させる。
柳原蛭子神社の十日戎の起源  神戸市兵庫区の柳原のえべっさんの十日戎の歴史は古いものではなく、先々代の宮司(井上四郎宮司)が、西柳原町内や柳原商店街や福海寺(大黒さん)の協力をえて、西宮戎(西宮神社)などの十日戎の盛り上がりを参考にして始めた。


三大十日戎 ①西宮神社 ②今宮神社 ③京都戎神社(柳原蛭子神社)(堀川戎神社) などが三大十日戎としてあげられる。

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